HSPな私のウクレレ生活(*ˊᵕˋ*)੭ ੈ❤︎

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記憶に残っている、あの日。〜真っ暗であたたかい記憶〜

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

 

私の「記憶に残っている、あの日」は、何年の何月何日だと言うことができない。

それは生まれる前の記憶、胎内記憶だからだ。

たぶんそれが初めての私の記憶なんだと思う。

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〝それ〟が胎内記憶だという事が分かったのは、中学1年生の時だった。

私は体育の授業中に派手に転けて保健室にいた。膝の止血と消毒をしてもらいながら私は保健室の先生に昨夜久しぶりに見たのことを話し始めた。

 

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「先生は感情だけの夢って見たことありますか?」

「感情だけの夢?どうゆう事?」

 

「うまく言えないんですけどその夢はとにかく感情しかないんです。あ、でも見えているものもあります。真っ暗なんですけど目の前に厚い壁というか…柱のようなものがいつも見えます。私は丸まっています」

 

先生は少し驚いた顔で、その夢はよく見るの?と聞いてきた。私は何でこんな話をしてるんだっけと思いながら、小さい頃はよく見ていた事、小学生になって見る数は減ってきて、昨日久しぶりに見た事、その夢には感情しかなくてほんとに不思議な夢なんだということを全て先生に話した。先生はふんふんと真剣に聞いてくれて、穏やかな口調で私にこう教えてくれた。

 

「それはお腹の中にいた記憶だね。この歳になってもまだ胎内記憶持ってる人はすごくめずらしいんだよ。大切にしてね。」

 

 

考えたこともなかった…。

でも〝お腹の中の記憶〟と聞いて自分の中で全てがしっくりきたのだ。点と点が繋がるように〝それ〟が自分の中の他の記憶と繋がった。

 

「それはどんな感情なの?」

 

ぼーっと考えていた私に先生はまた質問してきたけどその質問にはすぐに答える事が出来なかった。

深く深く悲しい気持ち、絶望的な感情にも似た気持ちだったからだ。その夢はとても辛く、〝それ〟から覚める時はいつも泣いていた。

黙ってる私に先生は質問を変えた。

 

「そこはあたたかかった?」

「…あたたかかったです」

 

「そっか、あたたかかったんだねぇ」

 

 

 

保健室の先生との会話はそこで終わりで、それ以降その胎内記憶の夢を見なくなってしまった。

人に話してしまうと消えてしまうのだろうか。笑

 

 

30代になって障がい者自立支援施設で働く私に、生まれる前のあの記憶は2つの事を教えてくれる。

 

ひとつは、赤ちゃんだから何もわからないというのは全く違うということ。胎児であってもちゃんと感情があり、そして外の世界で何が起こっているのか見えなくても感じ取っている。

 

ふたつ目は、皆同じあたたかい場所から生まれてくるという事。障がいがあってもなくても、親の愛情のもとで生まれてきても親の愛情を得られなかったとしても、みな同じ暖かい場所から生まれてきてみな平等なのだという事。

 

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保健室の先生に、「大切にしてね。」と言われた私は、

〝それ〟自体は悲しい感情の記憶だけれど、『記憶に残っている、あの日』の記憶を今でも大切にして生きている。

 

記憶に残っている、あの日。

それは私の胎内記憶です。

 

おわり^ ^